なんとなくわかる大学化学

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【なんとなくわかる量子化学】第一回 シュレディンガー方程式ってなんなんだ?

はじめに

 この連載記事は、化学系学部一年生向けに、量子化学とはなんぞや?といった話をできるだけ易しく書いていきます。大学の授業ほど詳しくありませんが、化学を学ぶ人間にとって、シュレディンガー方程式がどのように使われて、何がうれしいのかを重点的に書いていく予定です。

 

 本記事は全5回程度の連載記事を予定しています。内容は、

 

・第一回 シュレディンガー方程式ってなんなんだ?

・第二回 電子の軌道をみてみよう

・第三回 解いてみようシュレディンガー方程式 

・第四回 やっぱり解けないシュレディンガー方程式を近似する

・第五回 意地でも解きたいので行列に頼ってみた

 

です。以上を話すうえで、第三回で微分方程式や第五回で行列の知識が必要になりますので、それも含まれています。特に、行列については今年度の学生は知らないと思いますので、かなり詳しく解説する予定です。

 

シュレディンガー方程式ってなんなんだ?

 まずはシュレディンガー方程式を見てみましょう。

 \hat{H}\varphi=E\varphi 

訳が分かりませんね。でもこの方程式は、「ミクロな世界」の物事を表すことができるので、とても大切なのです。ミクロな世界では、我々の生きているマクロな世界と違う法則で動いていることが知られています。まずはこのルールについてみていきましょう。

ミクロな世界に潜むルール

 高校物理において、物質の運動はすべてニュートン式の古典力学で説明できるのでした。しかし、だんだんと研究が進むにつれて、古典力学で説明がつかないような現象が見つかってしまいました。

 代表的なものが、コンプトン効果です。波である光と物質である電子が相互作用するなんて当時の常識から外れていました。この結果から、「物質は波の性質も持つ」と無理やり言い張ったとんでもないおバカがいました。物質が波なんて訳が分かりません。そのせいで彼は学術界から孤立してしまったという話もあります。

 ですが、彼は正しかったのです。たしかに、「電子は物質でもあり波でもある」らしいのです。彼、すなわちドブロイは、ドブロイ波長といわれる波長を提案しました。

 \displaystyle \lambda=\frac{h}{p}

λは波長、hはプランク定数、pは運動量を表します。プランク定数はなぜか量子の世界で出てくる定数です。(そういうことにしておいてください…込み入った話になるので…)つまり、運動量が大きいものは波長が小さいので、波としてふるまわないが、運動量が小さいものは波としてふるまうことができることを意味しています。

 このドブロイ波長をニュートン力学に組み込むことで生まれたのが先ほどのシュレディンガー方程式です。そして、φのことを波動関数、Hのことをハミルトニアンといいます。Eはエネルギーです。

 

ハミルトニアン波動関数

  いきなりハミルトニアンだの、波動関数だのが出てきてしまいました。でも、これさえ分かれば、何とかシュレディンガー方程式が理解できそうです。

  まずは波動関数からいきましょう。波動関数は、言ってしまえばその状態の「アカシックレコード」です。上手く読み出せれば、その状態を何でもかんでも知ることができます。でもぶっちゃけそのままでは何も読めません。でも、演算子を使うと読み出すことができます。

  ハミルトニアンは、演算子と呼ばれるものの仲間です。演算子は、すぐ右の関数にイタズラをしてしまう困ったやつです。でも左側にはつーんとしていて何もしません。

 

 \displaystyle \frac{\partial}{\partial x}

 

これは微分演算子と呼ばれるもので、すぐ右の関数を微分してしまいます。

 

 \displaystyle \hat{p} = -i \hbar \frac{\partial}{\partial x}

 

これは運動量演算子と言って、微分演算子と定数値の組み合わせでできています。また、演算子が含まれる計算では、原則文字の入れ替えができないことを覚えておきましょう。

 

さて、ハミルトニアンの中身を具体的に見ていきましょう。自由電子ハミルトニアン

 

 \displaystyle \hat{H} = \frac{1}{2m_e}(\hat{p_x}^2 + \hat{p_y}^2 + \hat{p_z}^2)

 

運動量演算子の足し算と定数でハミルトニアンになっているようです。

…おや? 古典力学の世界では p=m_e vだったので、

 

 \displaystyle \frac{1}{2m_e}(p_x ^2 + p_y ^2 + p_z ^2) = \frac{1}{2m_e}((m_e v_x )^2 + (m_e v_y) ^2+ (m_e v_x) ^2

 \displaystyle = \frac{1}{2} m_e v ^2

 

なんとハミルトニアンは運動エネルギーに対応するのだ!

(正確にはその系に働く力を演算子にして、系のエネルギーの演算子にしたものをハミルトニアンと呼びます)

だから、ハミルトニアン波動関数にぶつければ、エネルギーが分かる! なんともシンプルで素晴らしい方程式だ!

でもどうやって解くんだろう…さっぱりわからん。

とりあえず、具体的なハミルトニアン波動関数を見てから考えることにしよう。というわけで次回は一番簡単な水素原子のシュレディンガー方程式の解を見ていきましょうね。

 

閑話休題 シュレディンガーの猫

 

  シュレディンガーの猫はご存知ですよね。猫は生きているか死んでいるか分からないというアレです。アレはよく間違った文脈で用いられるので、正しい歴史的経緯を話しましょう。

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シュレディンガーの猫のイメージ図

from: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Schrodingers_cat.svg

  

シュレディンガー方程式は革新的なものでした。それこそアインシュタインがブーブー文句垂れるぐらいには大不評だったようです。その量子力学を批判する文脈で出てきた話がシュレディンガーの猫です。

  ラジウムガイガーカウンター、毒薬と猫を用意し、ガイガーカウンターが反応したら毒薬の瓶を割るという装置を考えます。

  次回以降話すのですが、波動関数の絶対値を二乗してやることで粒子の存在確率を求めることができます。(ボルンの確率解釈)存在確率というものを正当化するために、「様々な位置にいる電子の重ね合わせ」という言い訳をしました。

   実際に装置を作動させてみましょう、ラジウム放射線を出した状態と出していない状態は重ね合わせされています。これを無人で実験すると、毒薬の瓶が割れた状態と割れていない状態とで重ね合わせが起きているはずで、猫もまた生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせが起きているはずです。

 

そんな訳あるかーーーーーー!!!!

 

といってシュレディンガー方程式は怒られたのでしたちゃんちゃん。

  でも確かに、ミクロで確率的に、マクロでは絶対的に振る舞うのは矛盾しているように見えます。言い換えれば、ミクロとマクロの境界線はどこだ?と問う問題でもあるのです。この話は現代においても議論を巻き起こす難しい問題です。

 一つ面白い話として、エーレンフェストの定理を紹介しておきます。詳しくはeman先生に話を譲るとして、(https://eman-physics.net/quantum/expectation.html)この定理は、シュレディンガー方程式に従う粒子は"マクロに"運動方程式にも従うということを言っています。つまるところ、シュレディンガー方程式運動方程式は両立しうるものなのです。イメージとしては、「運動方程式を顕微鏡で覗いてみたらシュレディンガー方程式だった」という感じでしょうか。伝わるかな?

 とにかく、シュレディンガー方程式は突拍子もないようで、意外と古典物理と矛盾が無いことを言っているのです。不思議ですね。

 そんなこんなで第一回を終わりにしたいと思います。tex記法も勉強したしリモートワークで論文書くのもだるいし一杯ブログ書くぞえいえいおー(はよ論文書け)

 

 2020.04.15