なんとなくわかる大学化学

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【なんとなくわかる量子化学】第2回 電子の軌道を見てみよう

水素原子の波動関数

 それでは、前回の予告通り、水素原子の波動関数を見てみることとしましょう。通常、波動関数の(二乗)のことを「軌道」(二乗の時は電子雲)と呼びます。水素原子には、陽子と電子があるので、電子の運動エネルギーに陽子からのポテンシャルを考えなくてはいけませんので、ハミルトニアンはこうなります。Δのことをラプラシアンと呼び、下の式で表します。

 

 \displaystyle \hat{H} = - \frac{\hbar ^2}{2m_e}\Delta_e-\frac{q_e ^2}{4 \pi \varepsilon_0 r}

 

 \displaystyle \Delta = \frac{\partial^2}{\partial x^2} + \frac{\partial^2}{\partial y^2} + \frac{\partial^2}{\partial z^2}

 

 

 最後の項はおなじみの静電ポテンシャルでございます。 一応解析的に解けるのですが、手計算では難しいので解を見てしまいましょう。

 

 \varphi(r,\theta,\phi) =R(r)_{nl}  Y_{lm}(\theta,\phi)

 

な、なんじゃこりゃああああああ!!!!
 r, \theta, \phiってなんだ?!?! nってlってmってなんだよ!!!!
ごもっともでございます。今回はこれがわかるようになっていきましょう。

 

動径関数と球面調和関数

 まず、 r, \theta, \phiの三つですが、これを「球面座標形式」といいます。理系の皆さんならよーく思い出していただけると高校で習っていたりするかもしれません。(私と世代が違うので内容が違うかも…)要するに、x,y,zの代わりに、原点からの距離 rとz軸からの角度 \theta、xy平面の偏角 \phiの三つで座標を表しているのです。水素は球体なので、この形式で解を表示したほうが簡単に書けるといった理由があるのです。
 それでは、RとYの説明に入っていきましょう。Rのことを、動径関数とよび、Yのことを球面調和関数と呼びます。wikipediaに詳しいことは書いてあるのですが、要するに常人にはとけません!一方で、動径関数と球面調和関数の掛け算で波動関数ができるので、動径関数と球面調和関数の一覧がすでに計算されています。そのうち一部を紹介しましょう。

 

動径関数

 \displaystyle R_{10}(r) = 2a_0^{-\frac{3}{2}}e^{-\frac{r}{a_0}}

 \displaystyle R_{20}(r) = \frac{1}{2\sqrt2}a_0^{-\frac{3}{2}} \left (2-\frac{r}{a_0}\right) e^{-\frac{r}{2a_0}}

 \displaystyle R_{21}(r) = \frac{1}{2\sqrt6}a_0^{-\frac{3}{2}}\left(\frac{r}{a_0} \right) e^{-\frac{r}{2a_0}}

 

球面調和関数

 \displaystyle Y_{00}(\theta, \phi) = \frac{1}{2\sqrt{\pi}}

 \displaystyle Y_{10}(\theta, \phi) = \frac{1}{2} \sqrt{\frac{3}{\pi}} \cos \theta

 \displaystyle Y_{11} (\theta, \phi)= \frac{1}{2} \sqrt{\frac{3}{\pi}} \sin \theta e^{i\phi}

 \displaystyle Y_{1-1}(\theta, \phi) = \frac{1}{2} \sqrt{\frac{3}{\pi}} \sin \theta e^{-i\phi}

 

なんかよくわからんけどそういうものです。気合がある人は自分で導出してみてください。

 

波動関数を作ろう!

 というわけでやっとこさ波動関数を作ることができるようになりました。波動関数 \PsiとRやYとの関係式は、以下のようになっています。

 

 \displaystyle \Psi_{nlm} = R_{nl}Y_{lm}

 

波動関数はnlmの三つの整数で表すことができます。これを量子数といいます。nを主量子数、lを方位量子数、mを磁気量子数といいます。名前はテストに出やすいので覚えておきましょうね。また、

 n-1\geqq l\geqq0

 l \geqq m \geqq -l\

という制約があります。n=2ならば、lは0か1しか取れません。l=1ならmは-1,0,1の三種類ということになりますね。

先ほどのRの二つの数字がnlで、Yはlmの量子数を持っているので、lが同じ組み合わせでないとRとYを組み合わせることができません。具体的には…

 

 \displaystyle \Psi_{100} = R_{10}Y_{00} = \frac{1}{\sqrt{\pi}}a_0^{-\frac{3}{2}}e^{-\frac{r}{a_0}}

 \displaystyle \Psi_{210} = R_{21}Y_{10} = \frac{1}{4}\sqrt{\frac{3}{2\pi}}a_0^{-\frac{3}{2}} \left (2-\frac{r}{a_0}\right) e^{-\frac{r}{2a_0}}  \cos \theta

 

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炭素ψ(100)(左)と炭素ψ(210)(右)

この結果をプロットするとこんな感じです。左のような球形の軌道のことをs軌道、右のようなダンベル型の軌道のことをp軌道といいます。d軌道f軌道なんてのもあります。もしよかったら調べてみてください。

基底の取り直し

ところで、 Y_{11} Y_{1-1}複素数であることにお気づきでしょうか。複素数の座標ってなんだ…?というわけでどうにかして実数にしたい訳です。というわけでオイラーの公式を使ってみましょう。

 

 \displaystyle e^{i\phi} = \cos\theta + i\sin\theta

 \displaystyle e^{-i\phi} = \cos\theta - i\sin\theta

 

これより、

 \displaystyle e^{i\phi} + e^{-i\phi} =  2\cos\theta

 \displaystyle -ie^{i\phi} + ie^{-i\phi} =  2\sin\theta

 

これを利用すると、 Y_{11} Y_{1-1}から、

\displaystyle Y_{px} = \frac{1}{2}\sqrt{\frac{3}{\pi}}\sin\theta\cos\phi

\displaystyle Y_{py} = \frac{1}{2}\sqrt{\frac{3}{\pi}}\sin\theta\sin\phi

となり、見事実数になります。

詳しい話をすると、これらの波動関数は同じ固有エネルギーを持つ(縮重という)ため、これらの波動関数を定数倍して足してもまた波動関数になるという特徴を持ちます。これは線形代数学からわかります。

今出てきた p_x p_yに加えて、 p_z=\Psi_{210}の三種類のp軌道を導くことができました。

 

エネルギーを見てみよう!

 さて、やっとこさエネルギーの話になってきました。先ほど得られた波動関数ハミルトニアンにかけてみると、結果は

 \displaystyle E = -\frac{me^4}{8\varepsilon_0^2 h^2}\frac{1}{n^2}

ぬぁんと!主量子数にしか影響しないのです!おっぱげた!

しかもnの逆二乗ってなにか見覚えありませんか…そう、リュードベリのアレです!というわけで、 E=h\frac{c}{\lambda}を代入すると、

 

 \displaystyle \frac{1}{\lambda} =\frac{me^4}{8\varepsilon_0^2 h^3 c}\frac{1}{n^2} =R_H\frac{1}{n^2}

 

ってな感じでリュードベリ定数が出てきてしまいました。難しかったけど、どうやら答えはあっているようで安心しましたね。めでたしめでた…ちょっと待った!分子になったら一体全体軌道はどうなってしまうんだ?!

 

次回予告

分子の軌道をモデルで近似して解いてみよう! こうご期待!

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ベンゼンの分子軌道