なんとなくわかる大学化学

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【なんとなくわかる量子化学】第3回 解いてみようシュレディンガー方程式

シュレディンガー方程式を解く

 さてさてやっとこさ方程式を解くところまで来ましたね。でもシュレディンガー方程式微分方程式だったので、高校数学で解くことができません。そこで、1次元井戸型ポテンシャルを例にして解き方を覚えてみましょう。

 \displaystyle -\frac{\hbar^2}{2m_e}\frac{\partial^2 \psi }{\partial x^2} = E\psi

 

これが1次元のシュレディンガー方程式です。数学を使ってまともに解くこともできるのですが…我々化学の人間はちょっと難しいので、ズルいことをします。この方程式の形をよく見ると、二回微分しても元の関数の定数倍になっていると言うところから、 Ae^{ikx}という形を考えてみましょう

二回微分してみるとこんな感じ。


 \displaystyle \frac{\partial^2}{\partial x^2} e^{ikx} =-k^2 e^{ikx}

 

シュレディンガー方程式を移項するとこんな感じ。

 

 \displaystyle \frac{\partial^2}{\partial x^2} e^{ikx} = -\frac{2m_eE}{\hbar^2} e^{ikx}

 

見比べて、

 

 \displaystyle k = \sqrt{\frac{2m_eE}{\hbar^2}}

 

を得ます。と言うわけで波動関数の完成だ!.…とは言ってもまだEの値がわからない。我々はエネルギーが知りたいのに…

 

井戸型ポテンシャルの境界条件

 実は、先程の方程式、普通に解くと E=0,  \psi=0になってしまいます。これは大きなスケールで波動性が消えることにも関係しています。という訳でスケールを小さくするために、井戸型ポテンシャルと言うものを導入します。粒子を x=0 x=Lの間に閉じ込めてしまいましょう。すると、粒子の存在しないところに波動関数はないので、 \psi(0)=0 \psi(L)=0と言う条件が得られます。これを境界条件と呼びます。前回紹介したオイラーの式を使うと、

 

 e^{ikx} = \cos kx + i\sin kx

 

であるので、波動関数として

 

\psi(x) = A\cos kx + Bi\sin kx

 

を採用することいたしましょう。しかし、 \psi(0) = Aなので、Aが0となり、コサインの項が消えます。さて、Bですが、波動関数の二乗が1となるように波動関数の係数を決めるというルール(規格化)があるので、結局、

 

 \psi(x) = sinkx

 

が得られました。

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井戸型ポテンシャルのイメージ図

エネルギーの量子化

 ところで、もうひとつの境界条件である \psi(L)=0を使っていませんね。これを波動関数に代入すると、

 

 \sin kL = 0

 

が得られます。サインは多価関数なので、kLがπの倍数になるときに0の値をとります。故に、正の整数nに対し

 

 \displaystyle k= \frac{n\pi}{L}

 

という関係式が成り立ち、両辺を二乗してkを代入してみると、

 

 \displaystyle E_n = \frac{\pi^2 \hbar^2}{2m_eL^2} n^2 = \frac{h^2}{8m_eL^2}n^2

 

となります。ここで大事なのが、エネルギーが整数nの二乗で表されることです。n=1やn=2は大丈夫でもn=1.5といった条件は許されません。エネルギーが離散的な値になることを、量子化と言います。ミクロな世界では、エネルギーが量子化されてしまうということをよく覚えておきましょう。

 

応用例1 ベータカロテン

 とここまでなら物理学なのですが、化学の人間としては分子の性質を見てみたくなりませんか?いや、なる。ということでベータカロテンを1次元井戸型ポテンシャルだとみてエネルギーを計算してみましょう。 

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ベータカロテン

 これがベータカロテンです。炭素22個からなる共役系を持ちます。ひとつの軌道に電子は2つ入ることができる(上向きスピンと下向きスピン)ので、n=11とn=12のエネルギー差を計算してみたいと思います。なお、電子は光のエネルギーを吸って、nが異なる軌道に移動することができます。これを電子の励起と呼びます。この時の光のエネルギーは、軌道のエネルギー差と同じでないといけないので、軌道のエネルギー差から吸収する光の波長、すなわちその分子の色を予測することができます。

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ベータカロテンのエネルギーダイアグラム

 さて、一般的な二重結合の長さは134pmなので、21倍した2814pmをLに代入して、n=12と11のエネルギー差を計算すると、1135nmの光に相当することがわかります。実際の分子は500~600nm程度に吸収を持つので、倍程度の誤差がありますが、近似が荒いにも関わらずこの程度の誤差で済むこと自体、一次元井戸型ポテンシャルも捨てたものではありません。すごいよね!シュレディンガー方程式

応用例2 ベンゼン

 共役系といえばこれ!のベンゼンについても計算してみたいと思います。ところが、1次元井戸型ポテンシャルと境界条件が異なり、リングを一周した時に元どおりにならない波は消えてしまうことを境界条件とします。つまり、リングの周をLとして、

 

 \psi(x) = \psi(x+L)

 

が成り立ちます。これを解くには、 e^{ikx}型の関数を波動関数としておくと楽です。代入すると、

 

 \psi(x) = e^{ikx}

 \psi(x+L) = e^{ikx}e^{ikL}

 

が成り立ちます。よって、整数nに対して、

 

 \displaystyle k = \frac{2n\pi}{L}

 

となり、

 

 \displaystyle E = \frac{n^2 h^2}{2mL^2}

 

という結果が得られます。ここで重要なのが、nはゼロや負の整数を取ることができるといった点です。詳しくは説明しませんが、nと-nが区別できるうようになったと考えてください。一方で、両者のエネルギーは等しいので、エネルギーダイアグラムは以下のようになります。

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ベンゼンのエネルギーダイアグラム

 よって、長さLを134pmの6倍である804pmとして、n=1からn=2への遷移エネルギーを計算すると、178.7nmの光に相当するエネルギーであることがわかります。実際、ベンゼンは200~300nmの光を吸うことが知られており、こちらも荒い近似なのにもかかわらずある程度正しい結果が得られて大満足です。むふん。

 

次回予告

シュレディンガー方程式が解けて僕、大満足!でもそうは問屋が卸さない!

そもそも、有機分子なのに原子核のことを考えていない時点でお察しだった!

原子核を考えて電子雲を考えるともう大変!次回!数学死す!勉強スタンバイ!

というわけで、次回は三体問題からスタートします。